凪池 シリルが時折ぽつぽつと呟く場です。 ゲームの話題が中心。日常ネタもそこそこと。 ちょっとずつ、何か書いて行けるといいなあ。
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第一回GA後期テーマ大賞応募作の第六話です。
さて、前述したように俺はもともと佐久間家の者ではないわけだが、その俺がこの家にやってきた理由と言えば、実はそれほど深い事情があるわけではない。
なんでも佐久間家の母は、多くの兄弟に囲まれて育ったそうだ。それゆえに、自分の子供にも兄弟と共に育って欲しい、と望んでいたらしい。
ところが、母は真白を産んだそのときに、子供が産めない体になってしまった。
仕方がないとはいえ、ずっとそのことを気にしていた母が……たまたまある日、俺を見出した。ただ、それだけ。
別にどうしても俺じゃなきゃいけない理由があったとも思えない。
俺がいなくてもすぐに代わりが見つかるんだろうとも思う。
だけど。
『あの子と兄弟になってくれる?』
そう言って母がまだ幼い俺を抱き上げたときのことは、まだ何もかもがあやふやだった遠い記憶の中で、はっきりと刻まれてしまっている。そのときはまだ、その言葉の意味も分からなかったのに。
でも、そのときから真白は俺の「姉」になって。
きっとそのとき、俺には何か妙な楔が刺さってしまった。
……両親が出かけて、家に俺と真白の二人きりになるとき、母は必ず俺に言う。
『あの子を守ってあげてね?』
と。
それに対して、真白も言う。信頼しきった笑顔で。
『お願いね、クロノ』
と。
どうしてだろう。
元々俺はよそ者であるというだけではない。普通に考えたら、俺は真白よりも弱い存在と考えるだろうに。
いくら真白が純真で、それゆえに迂闊で、ボーっとした奴だからって。
……今現在、俺が能力に目覚めてからは、確かに俺と真白の力関係は逆転している。だけどそのことは、母も真白も知らないはずで。
でも、その前も、その後も、母も真白も、変わらず俺を信じ続け、頼り続ける。
……力を得てしまったことで俺は、その期待を裏切ることが許せなくなった。
いや、きっと。
俺の力が、この意識が目覚めたのは、きっとそれゆえだったのだ。
弱いはずの存在が、何度も言われるうちに、守れると、守らなければならないと本気で信じた。
守りたいと、本気で願った。
それは、同じ立場の奴からしたらありえない、ぶっ飛んだ妄想なんだろう。
……目が覚めた。
日差しが暖かい。日中は寝ていることが多い俺はその暖かさに再びうとうとしそうになるが、すべき事を思い出してはっと意識を取り戻す。
丸めていた背中をぐっと伸ばし、頭を振って眠気を追い出そうとする。大あくびを一つすると、俺は立ち上がった。
時刻を確認する。随分と間のいいことに、ちょうど放課後になって少したったあたりか。
俺はするりと歩き出すと、学校の裏庭に向かった。
……それにしてもいい天気だな、と思った。何もなければ、陽だまりでぼうっとしているか気ままにぶらつきたいところだ。
真白のことなんか気にせず。行きたいところに行って過ごしたいように過ごす。そう、それが、本来の俺。
……だから、はやく、真白の悩みなんか解決してしまおう。
はぁ。
一つ息を吐いて、眼を閉じる。
いいか俺。
これからやろうとしていることは真白の『探し物』のヒントを得るため、あとついでに『七不思議』の動向を探るためだ。
他でもない、俺の、ために。
だから。
別に部活動中の真白を覗くとかそういう目的じゃない。それはどうでもいい。
照れることもないしましてやときめいたりなどあるはずがない。
ただ吹奏楽部の人間に見咎められることや『七不思議』に対する緊張感があるだけだ。
恥ずかしい理由などないのだから後ろめたさを感じる必要などない。
よし。
心の中で正当化を完了させると、俺は目をつけていた木に登り始める。
校舎の外、他の人間に見つかりにくい位置で、音楽室、および準備室に最も近づける場所。
ちょうど部活が始まったところらしく、防音が施された部屋からも僅かに音が漏れてくる。俺は意識を集中し、必要とあれば『影』も伸ばすつもりで準備室の窓に注意を傾ける。
――真白は、練習が始まっても一人、そこにいた。
思い切り背を伸ばして上を見たり、逆にかがみこんで床に視線をめぐらせたり、明らかに影になる部分を探る動き。
……やはり彼女は、ここで何かを失くしたのだ。部活動よりも重要な、あるいはそもそもなければ部活動が成り立たなくなる何か。
と。
しばらくすると、彼女はなにか緊張するように動きを止めた。視線はある一点に注がれている。
その先を追うと、そこにあるのはロッカーだった。何かぶつけたのか、少し凹んでいるように見えるが、ただそれだけの、変哲のない、扉のついたロッカー。
しかし真白は、それに対して酷く緊張するような態度をむけていて……それでも、やがて意を決したのか、ごくりと息を呑んでからそれに近づいていく。
そうして、ゆっくりとその扉に手をかけて、引く。
軽く、ロッカーが揺れた。扉は開かない。
彼女は再び、先ほどよりも明らかに力をこめた様子で、二度三度と扉を引っ張る。……が、結果は同じ。どうやら、入り口から見て一番奥にあるそのロッカーは、歪んでしまって開かなくなっているらしい。
はあ、と溜息をついて彼女はロッカーから手を離した。
そして、きょろきょろとやはり何かおびえるような態度で周囲を見渡したあと、何もないと見て今度は何かほっとした様子で一息ついて、再び他の場所の捜索を開始した。
……何だったんだ?今の動きは少し気になるが……。
引っ掛かりを覚えながらも、ひとまずはそのまま真白の動きに注目していると、再び彼女が動きを止めた。
今度はおびえる風ではなく、ピッと姿勢をただし、いい意味で緊張するようなそんな様子で。
彼女が眼を閉じる。
小さな唇が僅かに動く。
やがて、音に意識を集中するように耳に当てていた手が、どこか優雅な動作で移動する。両手が共に、顔の横側へ。
その指が繊細に動き始める。そう、それは――
まるで見えないフルートを、奏でるかのように。
気がつくと、音楽室から漏れ聞こえる音はいつの間にか、バラバラのそれではなくまとまったものとなっていた。
パート練習が終わり、全体練習になっていたのだろう。
その音に彼女は必死で、空想の中で自分の音を重ねているのだ。少しでも遅れをとらないように。
……聞こえてくる合奏には既に、フルートの音色も混ざっている。おそらくここに彼女が加わっても、それほど大きな違いはないのだろうが……。
それでも俺は、今は真白の空想の中にのみある、この曲の完全な音色がどういうものなのか、それを想わずにいられなかった。
音がやむ。
しばらく余韻に浸るようにしていた真白がはっと顔を上げ、
そして。
そんな真白を、ずっと見下ろしていた俺の視線とぶつかった。……ように見えた。
気のせいか、唇が小さく動いたように見える。クロノ?、と。
……。
……ぉ。
おおぉおおっ!?
一瞬頭が真っ白になって、俺の身体がグラり、とバランスを崩した。
ざざざっと大きく葉を揺らしながら、俺の身体が落下していく。
本能的にくるりと身体を反転させて着地すると、真白の視線を確かめる余裕もなく俺は咄嗟に一目散に走り出していた。
いや違うぞ?そんなんじゃないぞ?そんなんっていうのはつまり覗いてたとか心配したとか探すの手伝うとかいやなんだ。違う、とにかく違う。違う違う違う。
走りながら考えていたことは我ながら意味不明だった。
…………何がだ?
そうしてしばらく走り続けた後に、急に冷静になって俺は立ち止まる。
何で逃げるんだ俺は。
何から逃げてるんだ俺は。
真白に、惹かれていること、そのことからか。
――なんで逃げる必要がある?何を怖れる?
もしかして俺は萌黄が言うように、本当に『家族』では満足できなくなりかかっているとでも言うのか?
……ありえない。そんなことは。なら、何故。
何故、だって?だって今、俺と真白は、佐久間家は「上手くいって」いるのだ。今の距離で、今の関係で。
だからこそ、そこから先を考えなければならなくなるのが、怖い……のか?
真白だってきっと、今の、懐かないながらも離れない俺だからこそ、気に入ってくれているのかもしれないじゃないか。そうかもしれない。そう思いたい。それならば、今のバランスのいい関係でいられる。
……でも、そうではないと知ってしまったら……俺は、どうすれば、いい?
そこで、俺は頭を振って、思考を無理矢理中断した。
そんなことより、今はやるべきことがあるだろう?
そうだ、なんだかんだで、あそこまで見れば今日音楽室を盗み見た目的は達している。
あの状況、そして真白のあの態度。彼女が何を失くしたのか。
実害のないものであれば、彼女は部活をサボったりなんかしない。となると。
……楽器、か。そう簡単になくせるモンじゃないと思うんだがな。そして自然になくしたなら見つかりにくいモンでもない。単純な紛失じゃなくて、何かあるのか?
そして。
ついでだが、七不思議。これはまだもしかして、だが――
開かずのロッカーなんて、恰好のネタなんじゃないか?
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現在テラネット主催のウェブトークRPG Catch The Sky にてマスター活動中。ご縁がありましたらよろしく。
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