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凪池 シリルが時折ぽつぽつと呟く場です。 ゲームの話題が中心。日常ネタもそこそこと。 ちょっとずつ、何か書いて行けるといいなあ。

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第一回GA後期テーマ大賞応募作の第八話です。






……真っ直ぐに向かった音楽室には、誰もいなかった。準備室に眼を向ける。閉ざされた扉からは、今は何の音もしてこない。
俺たちはそっと顔を見合わせて一度頷き合うと、準備室の扉を開け、中に入る。
――萌黄に眼を閉じてもらう必要は……なかった。
そこに、一人の少女がいる。昨日の少女とは違う。外見だけじゃない、雰囲気……いや、存在そのものが違うのがはっきり分かる。
長い髪。前髪も鼻にかかるほど長くたらしているその少女の顔立ちは、いまひとつ分からない。ただ見えないのではなく……地味だな、という感想を抱かされるのだが、どこをもってそう思うのかが説明できない。見えているのに見えていない、ただ見た瞬間『地味』という印象を直接送り込まれているといった感じ。
肌が青白く浮かび上がって見えるのは、決して月の光のせいだけではあるまい。それは現実の人間ではない、想像が形どられただけのヒトガタであるがゆえの不自然さ。怪異ゆえに、夜の世界でその存在は異質であるとはっきりと際立たされる。その中で、少女が手に持つ銀色のフルートの存在が逆に異彩を放っていた。非現実の中にある現実という異彩。
紛れもない。あれが『開かずのロッカーの少女』。
「あなたは……違う……誰?」
『少女』はこちらに気がつくと、おどおどとした、やはり地味な声で印象で、こちら語りかけてきた。
「私が呼んだのは……呼ぼうとしているのは……違うのに……」
そうして、『少女』はすがるようにフルートを抱き、数歩後ずさる。
その視線を受ける萌黄に特に動きはない。ただ仕掛けるタイミングを見計らうかのように『少女』を見据えるのみだ。
所詮、目の前にいるのは語られる噂の概念の通りに動いて見せているだけ。実際にいじめにあったり無念の死を遂げた少女がいるわけでもなく、ならば付き合う義理などない。そうして萌黄が「そろそろ行く?」とばかりにこちらに視線を送ってきた――そのとき、『少女』も動きを見せた。
「こないで!いじめないで!やだ!」
などとあくまでなんとなくそれっぽいことを『少女』がわめく。同時にばんっと耳鳴りがして少女の周囲に力があふれた。
怪異が怪異であろうとする力、がこちらを敵と認識したのだろう。噂と関係なしに『七不思議』は全般的に防衛、そして排除のための能力を持つ。その力が衝撃波となって俺と萌黄に襲い掛かる!
俺の『影』が、萌黄の『世界』が、咄嗟にその勢いを殺そうとするが捌ききれない。全身をびりびりとした痛みが走り、勢いに耐え切れず俺の身体が地面を転がる。
転げる勢いに任せたままくるりと身体を反転させて再び立ち上がると、衝撃がやんだのを見て俺は一気に翔けた。
『少女』に向かって飛びつき、その手のフルートに向かって俺の手を、影を伸ばす。が、届く寸前、俺の身体は不可視の力によって宙に押しとどめられた。
『少女』がそのまま、フルートに口を当てる。流れてくる旋律が耳に届いた瞬間、どくん!と心臓が跳ねて、全身をいやな汗が流れていくのを感じた。
「う……くぅ……」
萌黄も苦悶の声を上げる。聞こえてくるのはただ、どこかで聞いたことのあるようななんてことない音色だが……ただ聞いているだけで妙に胸をかきむしられるような、不安を酷く強めたような、追い詰められるような気分になる。
これがおそらく、聞いたものを狂気に陥れる、『開かずのロッカーの少女』の七不思議こそが持つ力。存在の根源からなる力だけに、そのプレッシャーは先ほどの衝撃波の比ではない。
視界がぼやける。一瞬目の前が真っ暗になり、次に視界が開けたとき、目の前の景色が一変していた。
ロッカーも、音楽室も、抽象画のように滲んだ景色となり、床にはねっとりと深い闇色の泥が広がって、俺と萌黄の手足に絡み付いている。
一瞬ぎょっとしたが、何が起きたのか俺はすぐに理解した。
「クロちゃん……あと任せて、いいかな」
疲労を滲ませた声で、萌黄が言った。そう、この景色は萌黄が全力でサポートに回ったその結果だ。見えない圧力が見える沼となったおかげで、逆に身体が軽く感じる。
沼の流れを見極めて、弱い部分を探りながら俺は『少女』に向かって影を少しずつ伸ばす。が。
萌黄の全力のサポートを受けて、俺もほぼ全力で『影』を少女に向けているのになお、じりじりとしか進まない。そうしている間に足元からまとわりついてくる沼もまたじわじわとせりあがってくる……フルートの音が、俺の気力を、正気を奪いにかかる。
……影が届くまでに、持つだろうか。俺は次第に焦りを感じてきた。
明らかに、この『七不思議』が持つ意志力は今までのものより強く感じた。
表現の差はあれど、能力者と怪異の勝負とは結局意志と意志のぶつかり合い。「怨念」やら「悲劇」がくっつけられることの多い噂から生まれる七不思議の意志は確かに一筋縄ではいかないが、だが所詮誰かの創作から始まったまがい物。一般人には脅威でも、能力者たちの一線越えちゃった妄想力が負けることは滅多にない。
なにか、『少女』の意志をささえる、『少女』の存在を補強する概念があるように感じられた。ただの想像ではない、確固たる意志力。そんなものを、『少女』に近づきつつある俺の『影』はかすかに感じ取っていた。
しかし――やがてどれほど長く続いていたのか分からないにらみ合いの末、俺の『影』がとうとう少女に触れる!
そこから『少女』に干渉し、そのの唇からフルートを離れさせる。
「……いや」
かすかに、『少女』がつぶやいた。
「……どうして、とるの。私は……」
音を奏でられなくなって『少女』は、音と同時に展開していた衝撃の圧力を強めて俺を引き剥がそうとする……が、同時に、音から開放された萌黄のサポートも強化され、俺は何とか踏みとどまり続ける。
「私は……音楽が……好きなだけだもん……だからこれだけは……!」
ぼそぼそとつぶやかれる『少女』の独白。
――何かを感じた。
その言葉に、その声に。フルートから感じる、その強さ、その暖かさに。
そして……何故か俺は確信した。

これは真白のフルートだ、と。

かっ……っと、全身が熱くなる。
弾けるように湧き上がってきた俺の感情が、力となって膨れ上がる。
シャアァアア!
月に向かって大きく吼えると、俺は『影』に全ての力をこめる。
――返せ!
ゆっくりと、『少女』の指が一本ずつ開き始める。その手からフルートを離れさせようと、俺は全力で『少女』に干渉する。
「や!やだ!……どうして?どうしてみんな邪魔するの?」
俺の干渉に抗いながら、『少女』が泣き叫ぶ。どこか真白に似た声で。それが、俺の苛立ちをさらに刺激する。
お前が!お前ごときが真白と同じになったつもりか!それが今の真白の気持ちだとでもいうつもりか!?
たとえ意地悪されようとも、嘆いて、怨んで、狂わせるようなことを望むようなお前が!
目の前の存在が作り物だということを半ば忘れて俺は吼え続ける。
そしてとうとう、『少女』の手からフルートが離れた。
核を失い、『少女』の存在が一気に希薄化する。
その瞬間、俺は『影』を一気に膨れ上がらせる。そのまま『少女』を飲み込んで、握りつぶすようなイメージで、怒りに任せたその意志をただ全力で『少女』に叩きつける!
俺の力は精神干渉系だが、概念存在である『七不思議』に対しては直接攻撃としても通用する。送り込んだ力が、そのまま真っ白なエネルギーの本流となって『少女』の身体を吹き散らす!
白い光が、『少女』を完全に飲み込んで。
「……っはぁっ……」
そのとたん、どっと疲労が押し寄せて、俺は荒い息を吐く。
どう……だ……?
倒れそうになる身体をどうにか支えて、まだ光の残像が残る光景に必死で眼を凝らした。
「く……ぅ……」
……祈るような気持ちを裏切って、かすれた声と共に、『少女』の存在が再びそこに浮かび上がろうとするのが分かる。
くそっ……。
俺は再び『影』に力をこめようとするが……再び四肢に力をこめた瞬間、疲労でくらりと眩暈がするのを感じた。
だめだっ……さっきのが、本気で全力だった……。
「萌黄ぃ……っ」
すがるような気持ちで、俺は後ろでずっと俺を支え続けていた萌黄に声をかける。
「ほーい」
戻ってきた声は相変わらず、えらく軽かった。
直後、ぐにゃり、と視界が歪んで見えたのは、疲労によるものかそれとも彼女の『世界』によるものなのか。

次の瞬間。
そばにあった、額縁に入れられた肖像画のベートーベンが、眼からビームを照射して『少女』を焼いた。

しぃ……ん。
しばらくして、静まり返った空間に、俺は怪異が終了したことを確信する。
……いや、まあ、いいんだが。
最後はやけにシュールな終わり方だなオイ。面白いこと考えてんじゃねーよ。どうなってんだお前の脳内世界は。
思わず振り返って萌黄を見る。
「いやだって、この空間で何かやらかしてくれそうなのって言ったらベートーベン先生しかないっしょ」
ぺろりと舌を出して、彼女は言った。まあ、さすがに、多少疲れてはいるみたいだが。
「終わった……かな?全部」
やがて、床に落ちているフルートに視線を落としつつ、萌黄が言う。
そう、『七不思議』は消えて、真白のフルートもこうして見つかった。
俺はそうだな、と答えかけて……しかし、それは直前で飲み込んだ。
今ある問題は、これで解決した。
でも、それで終わったといえるのだろうか。全て、が。

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はぐれ雑文書き:凪池シリルです。
現在テラネット主催のウェブトークRPG Catch The Sky にてマスター活動中。ご縁がありましたらよろしく。
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